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手紙

手紙_b0058500_18571196.jpg「戯曲は失敗して惨澹たるものとなった。劇場内には重苦しい緊張した軽蔑と当惑の色がみなぎった。俳優たちは途方もない愚を演じた。この教訓は、わたしは戯曲など書いてはならないということである」

「かもめ」が初演され、もののみごとに失敗したあとで、チェーホフが知人たちに宛てて書いた手紙です。

あのチェーホフがこのように失意の手紙を書いたことには、教えられることがたくさんあります。

やがて彼は、才能を予知した劇場の文芸担当者や、よき友人のアドバイスや、ポジションの違いから意見を戦わせる演出家を得て、確固たる戯曲作家になりました。

面白いのは、そうこうするうちに徐々に認められていき、チェーホフは、安心し、満更でもなくなっていくのですが、それでも、演出家に失望の気持ちを抱いていることです。

「あなたはすばらしく演じていられます。しかし、ただ、私の書いた人物ではないのです」とチェーホフ。

「どこが問題なんですか」と演出家。

「彼は格子柄の幅の広いズボンをはき、穴のあいた短靴をはいているんです」それ以上、演出家はチェーホフからなにも聞きだせませんでした。

大作家でさえこれほどの不安と不満を抱いていたことは、作り手として参考になります。

ふと思えば、書きあがった作品だけで向きあうわたしたち。孤島で喘ぐ姿は見えません。

マラソンランナーのことをよく考えます。

マラソンランナーをイメージするとき、わたしには勝利のゴールを切ったランナーの姿は浮かびません。ただ、走っている姿が、わたしにとってのマラソンランナーの姿です。

孤島で喘ぎ、喘ぐだけでなく、喜びを感じる、原稿の書きあがった喜び。さて、まだ、走ります。

永いあいだ一緒に学んだOさんが東京へ旅立たれます。
遠い東京へ行かれても、よき友人たちがここにいることを忘れないでいてくださいね。
by nomelier | 2005-07-07 18:59 | Diary
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