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悲しい瞳 淋しい瞳

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秋の夜長ではない季節音痴。夜中に目が覚めると、嬉しくなってしまう癖がついています。

静かな夜中。ぽっかり空いた時間を神さまにプレゼントされたような気分。

そんなときに読むための本があります。フランスの哲学者・アランの「幸福論」という本です。

ウイットとやさしさに充ちた人生への教訓が書かれています。

先日、「ヘーゲルは、直接的な、もしくは自然的な魂は、つねに憂愁に包まれており、いわばおしつぶされている、と言っている」という文章を読みました。

いつも爽やかな人。いつもお洒落で、気配りと笑顔の絶えない大人の女性。
そんな人が一人で町を歩いているのを垣間見たことがあります。とても悲しい表情をしていました。

いつもコケティッシュで、反面あどけなくて、男の子から注目されている女の子。彼女は勉強家で、男の子を射止めることよりも、勉強が大好き。
そんなビビッドな女の子の、一人ぽっちの後ろ姿を見たことがあります。斜め後ろから覗く瞳は、不安と淋しさを湛えていました。

憂愁とは、なんてステキなのでしょう。声をかけることも阻ませます。

あらゆる事件や出来事も、彼らの憂愁に包まれた魂を周囲が愛せなかったから起こるのでは?

魂はおしつぶされたままエンドレスなのかも…。

一人ぽっちでいる人。その人はどんな風にしているでしょう?

なにかをしているのではなくても、仮になにかをしていても、瞳はどんななのでしょう?
なにを視つめているのでしょう?

女優の岸恵子さんがエッセイで、「影のある人が少なくなってきた」と書いていました。
彼女が愛したさまざまな男性の影を綴った本です。

影はなぜ少なくなってきたのでしょう?

翳りのある男と言えば、愛してやまない「浮雲」の森雅之。
あの狡さと弱さとやさしさという色気は、この頃は見られない。なんと言っても格好いい。

でも森雅之が格好いいだけではなくて、あの時代にはいいシナリオがあったんだとつくづく…
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by nomelier | 2006-07-06 19:19 | Diary