「わたしはもうほんものの女優で、楽しみながら、うっとりしながら芝居をして、舞台に立つと酔ったようになって、自分がすばらしいと感じるの。……日ましに精神力が成長していくと感じたりするわ。……わたしたちの仕事で大事なものは――舞台に立つにしろ、ものを書くにしろ同じことなのよ――名声でも栄光でも、わたしの夢みていたようなものでもなくて、忍耐力だということがねえ。おのれの十字架を荷うすべてを知り、そして信ぜよ。わたしは信じているわ。だからそう辛くもないし、自分の使命を思えば、人生がこわくないんだわ」
チエホフの「かもめ」のニーナのセリフ。 わたしたちにとって、瞼の奥が痛くなってくるのは、「舞台に立つにしろ、ものを書くにしろ同じことなのよ」の――「ものを書く」というフレーズです。 ウクライナの女医さんの、バレンティナというガールフレンドがいます。 彼女は長年、日本に住み、とても苦労されています。 でも、大地にしっかり根をおろした、本当に日本人にはない、ボルシチのようなあたたかみを感じさせる人です。 彼女の澄んだ美しい瞳から、このニーナのセリフを思い浮かべました。 先のセリフの前に、 「わたしなんか殺されたっていいのに。わたし、へとへとだわ!……わたしはかもめよ……。いいえ、そうじゃない。わたしは、女優だわ。……あの人は芝居というものを信じないで、いつもわたしの夢を笑っていたわ。で、わたしもだんだん信じられなくなって、気落ちしてしまったの……。そこへ恋の苦しみ、嫉妬、絶え間ない赤ん坊の心配……。わたしは取るに足らない人間になって、でたらめな演技をしたわ……」 と、ニーナは彷徨うように過去を語ります。 お芝居をする人の、ものを作る人の、孤独との戦い、決意を、彼女を愛してくれる男性への決別の言葉へと、物悲しく、つなげて……
by nomelier
| 2006-12-15 13:56
| Drama
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